顎の痛みや口の開けにくさが続くと、どう治していけばよいのか分からず不安になるものです。当院でも「そもそも顎関節症は何をして治すのですか」というご質問を受けることがあります。
本記事では、顎関節症の治し方について、体への負担が少ない保存療法を軸に、3つの進め方と改善までの期間の目安を整理してお伝えします。
顎関節症の治し方は、
元に戻せる方法から
始めます

結論からお伝えすると、顎関節症の治療は、いきなり歯を削ったり関節に手を加えたりするのではなく、後から元に戻せる方法から順に進めていくのが基本の考え方です。
日本顎咬合学会でも、まずは体への負担が少ない対応から検討する流れが説明されています。
保存療法とはどのような治療か
保存療法とは、歯や関節そのものを削る・切るといった処置をせずに、負担を減らして回復を待つ治療の総称です。
具体的には咀嚼筋マッサージをはじめとしたセルフケアの指導、マウスピースの装着、顎を動かす訓練、痛みへの対応などが含まれます。共通しているのは、やめれば元の状態に戻せるという点です。
顎関節症は、日常の癖や姿勢、噛み合わせのバランス、精神的な緊張など、いくつかの要因が重なって起こると考えられています。要因が複数あるということは、一つの処置だけで解決しないことも多いという意味でもあります。
最初から歯を削らない理由
「噛み合わせが悪いから顎が痛い。だから歯を削って合わせてほしい」というご希望をいただくことがあります。お気持ちは分かるのですが、削った歯は元に戻せません。
痛みが強い時期は、筋肉のこわばりによって普段とは違う位置で噛んでいることがあります。その状態を基準に歯を削ってしまうと、症状が落ち着いたときに噛み合わせが合わなくなる可能性が残ります。
まず筋肉と関節の状態を落ち着かせ、それから噛み合わせを評価する。この順番が遠回りに見えて、結果的に安全な道筋になります。
顎関節症の治し方、
3つの保存療法

保存療法は大きく3つに分けられます。すべてを同時に行うわけではなく、症状や原因の見立てに応じて組み合わせます。
セルフケアと生活習慣の見直し
最初に取り組んでいただくのがここです。上下の歯を無意識に接触させ続ける癖や、頬杖、うつ伏せ寝、片側だけで噛む習慣といった「態癖(たいへき)」を見直します。
安静にしているとき、上下の歯はわずかに離れているのが本来の状態です。
日中に歯が触れていることに気づいたら、意識して離す。この積み重ねだけで顎の負担は目に見えて軽くなることがあります。硬い食べ物や大きく口を開ける動作を、症状が落ち着くまで控えていただくこともあります。
スプリント療法(マウスピースの装着)
就寝時などにマウスピース型の装置を装着し、歯ぎしりや食いしばりの力を分散させる方法です。顎関節症の治療の中では中心的な位置を占めます。
装置の厚みや形は症状によって調整します。装着してすぐ変化を感じる方もいれば、数週間かけて徐々に楽になる方もいて、経過には個人差があります。
運動療法(開口訓練やマッサージ)
こわばった筋肉をゆるめ、動かせる範囲を少しずつ広げていく方法です。口をゆっくり開閉する訓練や、頬から耳の前あたりの筋肉を温めながらほぐす方法などがあります。
口が開く量は、縦にした指が3本入るくらい、およそ40mmが一つの目安とされます。
指2本分ほどしか開かない状態が続く場合は、自己流で無理に開こうとせず、指導を受けたうえで行ってください。痛みを我慢して大きく動かすと、かえって炎症が長引くことがあります。
治療期間の目安と、
変化が出ないときの
考え方

どのくらいで変化を感じられるか
軽い症状であれば、生活習慣の見直しだけで2〜3週間ほどで楽になる方もいらっしゃいます。マウスピースを使う場合は、1〜3か月程度かけて経過を見ていくことが多いです。
ただし、これはあくまで目安です。症状の程度、原因の数、生活背景によって経過は変わります。一律の期間をお約束できるものではありません。
変化が出ないときに考えること
一定期間続けても改善が見られない場合、見立てを組み立て直す必要があります。癖が残っていて負担がかかり続けている、装置が合っていない、あるいは顎関節症以外の原因が隠れている、といった可能性を順に確認していきます。
顎の痛みに見える症状の中には、耳や神経、内科的な要因が関わるものもあります。歯科の範囲を超えると判断した場合には、無理に抱え込まず、医科の専門機関と連携してご案内します。
症状が落ち着いた後にすること
痛みが取れると、そこで通院をやめてしまう方が少なくありません。ただ、顎関節症は癖や生活習慣が背景にあることが多く、負担のかかる状態が戻れば症状も戻りやすくなります。
治療で楽になった後こそ、身につけたセルフケアを続けていただきたい場面です。日中に歯を離す意識、姿勢、片側だけで噛まない工夫。こうした習慣が定着すると、再発までの間隔が延びていく方が多いという印象を持っています。
装置を使っている場合は、すり減りや破損がないかを定期健診の際にあわせて確認します。
顎関節症の治療で、
やらないほうがよいこと

改善を急ぐあまり、かえって回復を遅らせてしまう行動があります。診療の中でよくお伝えしている内容を整理します。
痛いのに無理に動かす
「動かさないと固まってしまう」と考えて、痛みを我慢しながら大きく口を開ける方がいらっしゃいます。炎症が強い時期にこれを続けると、痛みが長引くことがあります。
動かす時期と休ませる時期は、症状によって変わります。運動療法は有効な方法ですが、始めるタイミングと強さの見極めが前提になります。
硬いものを噛んで鍛えようとする
顎の筋力を鍛えれば治ると考え、硬い食品を意識して食べる方もいます。負担がかかっている関節に、さらに力を加えることになりかねません。
症状が出ている間は、食材を小さく切る、加熱して軟らかくするといった工夫で負担を減らしてください。
自己判断で市販品を使い続ける
市販のマウスピースを購入し、合わないまま使い続けるケースがあります。
既製の装置は個々の噛み合わせに合わせた調整が難しく、特定の歯や関節に力が集中することがあります。使用を検討される場合は、状態を確認したうえでご相談ください。
当院が治し方を
決めるまでに
確かめること

私は補綴(ほてつ=被せ物や入れ歯、噛み合わせを扱う分野)を専門的に学び、噛むことに向き合ってきました。臨床の現場では、同じ「顎が痛い」でも、背景は患者様ごとに異なります。
そのため治療方針を決める前に、症状が出た時期や状況、生活の中の癖、これまでの治療歴を丁寧に伺います。
治療法は複数あり、どれを選ぶかで通院の負担も変わります。当院では選択肢を分かりやすくご説明したうえで、患者様ご自身に選んでいただく形をとっています。
よくある質問
Q.顎関節症は放っておいても治りますか?
軽い症状であれば、癖の見直しだけで落ち着いていく方もいらっしゃいます。一方で、我慢を続けるうちに痛みが慢性化し、回復に時間がかかるようになる場合もあります。
どちらに向かうかは症状だけでは判断が難しいところです。痛みや開けにくさが2週間以上続くようであれば、一度歯科でご相談いただくことをおすすめします。
Q.マウスピースは一生使い続けるのですか?
そうとは限りません。症状が落ち着き、原因となっていた癖が改善されれば、使用を減らしていく場合もあります。
反対に、歯ぎしりの傾向が続く方では、歯や関節を守る目的で使用を継続することもあります。経過を見ながら判断していくもの、とお考えいただくと良いかと思います。
Q.自分でマッサージやストレッチをしても大丈夫ですか?
痛みが強い時期に自己流で無理に動かすと、炎症が長引くことがあります。温めてよい時期と冷やしたほうがよい時期の判断も、症状によって変わります。
まずは状態を診てもらい、その方に合った方法と強さを教わってから行っていただくほうが安全です。自己判断だけで進めるのは避けてください。
Q.歯を削って噛み合わせを直せば治りますか?
噛み合わせは要因の一つではありますが、それだけが原因とは限りません。
削った歯は元に戻せないため、当院では保存療法を先に行い、症状が落ち着いた状態で噛み合わせを評価する流れをとっています。噛み合わせの調整が必要と判断した場合も、ご説明のうえで進めます。