「歯周病が大腸がんと関係している」という話題を、テレビや健康雑誌で目にした方もいらっしゃるかもしれません。
当院でも、大腸の検査で指摘を受けた患者様から「口のケアも見直したほうがいいのか」というご相談をいただくことがあり、院内で患者様向けの資料を作成してお配りしています。
本記事では、歯周病菌と大腸がんの関係について、現時点で分かっていることと、まだ分かっていないことを分けて解説いたします。
歯周病と大腸がんの関係とは?
注目される歯周病菌

大腸がんとの関係で名前が挙がるのは、フソバクテリウム・ヌクレアタム(以下、フソバクテリウム)という細菌です。
大腸がんは日本人の罹患数が多いがんの一つで、その背景を探る研究として、腸内細菌への注目が世界的に高まっています。
フソバクテリウムはどんな菌か
フソバクテリウムは、健康な人の口の中にも普通にいる常在菌の一種です。
歯周病が進んだ歯周ポケットの中で数を増やしやすく、ほかの歯周病菌同士をつなぎ合わせる「橋渡し役」を担うことが知られています。
単独で強い病原性を持つというより、歯垢(プラーク)の中で細菌の集団をまとめ、歯周病が進みやすい環境をつくる存在。歯周病が悪化するほど口の中での割合が高まる傾向があり、長く研究の対象とされてきました。
口の中には700種類ほどの細菌がすんでいるとされ、フソバクテリウムはその中でも歯垢の中で比較的多く見られる菌です。
特別な菌というより、誰の口にもいる身近な菌が、歯周病によって増えすぎてしまう。この点が、大腸がんとの関係を考えるうえでの出発点になります。
大腸がんの組織から口の菌が見つかった報告
2018年、国内の大学の研究グループが、大腸がんの患者様の唾液とがん組織を調べた結果を発表しました。4割以上の方で、唾液とがん組織から同じ菌株のフソバクテリウムが見つかったという内容です。
菌株とは、同じ種類の菌の中でも遺伝子レベルで区別できる、いわば「家系」にあたるものを指します。口と大腸の両方に同じ家系の菌がいたことは、大腸の菌が口から移ってきた可能性を示すものとして注目されました。
ただし、この研究の対象人数は限られています。より大規模な検証が必要な段階であることは、押さえておいていただきたい点です。
口の菌が大腸に届く
2つの経路

結論から言うと、口の菌が大腸へ届く経路として考えられているのは「飲み込み」と「血流」の2つです。どちらの経路でも、口の中にいる菌の量が多いほど、腸へ送られる菌も増えやすくなります。
唾液と一緒に飲み込まれる経路
私たちは1日に1〜1.5Lほどの唾液を分泌し、その多くを無意識に飲み込んでいます。唾液1mLあたりには億単位の細菌が含まれるとされ、口の菌は日常的に胃や腸へ送られているわけです。
多くの菌は胃酸で死滅します。それでも一部は生き残って腸まで届き、海外の研究では、口と腸で共通する菌の種類が少なくないことも報告されました。
胃酸を抑える薬を長く飲んでいる方や、加齢で胃酸の分泌が減っている方は、菌が腸に届きやすくなる可能性も指摘されています。
飲み込まれる菌の量は、口の中の清潔さによって大きく変わります。
歯垢1mgには約1億個の細菌がいるともいわれ、磨き残しが多いほど、腸へ送られる菌も増えていく計算です。
歯茎の傷口から血流に乗る経路
歯周病で炎症を起こした歯周ポケットの内側は、目に見えない小さな傷がたくさんある状態です。歯磨きや食事の刺激でその傷口から菌が血管に入り込み、血液の流れに乗って全身を巡ることがあります。
動物を使った実験では、血液中に入ったフソバクテリウムが大腸のがん組織に集まりやすいことが報告されました。がん細胞の表面に多く現れる特定の糖と、結びつきやすい性質を持つためと説明されています。
歯周病のある歯茎では、歯磨きのたびに出血することも珍しくありません。
出血しているということは、血管と口の中の境目が破れている状態。菌が血液に入り込む機会も、それだけ増えていると考えてください。
歯周病があると
大腸がんになる
わけではない

ここで誤解のないようにお伝えしたいのは、歯周病が大腸がんの直接の原因だと証明されたわけではない、という点です。大腸がんには加齢、食生活、飲酒、喫煙、運動不足、家族歴など、多くの要因が関わっています。
フソバクテリウムは、がんを「つくる」菌というより、がんの進行や悪化に関わる可能性がある菌として研究されている段階にあります。
歯周病があるからといって過度に不安になる必要はありません。反対に、歯周病がないから大腸がんの心配はいらない、ということにもならないでしょう。
大腸がんの予防として一般に勧められているのは、禁煙、節度ある飲酒、バランスのよい食事、適度な運動といった生活習慣の見直しです。
口のケアは、それらに加えて取り組める身近な習慣の一つと位置づけておくとよいでしょう。
歯周病治療と
大腸がん予防、
いま言えること

歯周病治療で便中の菌が減ったという研究
2021年には、同じ研究グループから、歯周病の治療を受けた方の便に含まれるフソバクテリウムが減少したという報告が出ました。歯周病治療と大腸の菌の変化を追った研究として、関心を集めています。
口の中の菌を減らす取り組みが、口の外にいる菌にも影響し得ることを示した点で、歯科医師にとっても興味深い結果でした。
とはいえ、これは「歯周病治療で大腸がんが予防できる」ことを示したものではありません。便中の菌が減ったことが、がんの発生や進行にどう影響するのか。そこはこれからの研究で確かめられていく部分です。
私個人の見解としては、歯周病治療を「大腸がん対策」として受けるというより、歯と全身の健康を守る治療の延長線上にこうした可能性がある、と捉えていただくのが自然だと考えています。
大腸がん検診と
歯科検診は
セットで考える

厚生労働省の指針では、40歳以上の方に年1回の大腸がん検診(便潜血検査)が推奨されています。大腸がんは早い段階で見つかるほど治療の選択肢が広がるため、まずはこの検診を受けることが基本になります。
便潜血検査は、便に混じったわずかな血液を調べる検査で、自宅で採取した便を提出するだけで受けられる手軽な検査です。市区町村の検診や職場の健康診断で受けられることが多いため、案内が届いたら見送らずに受けておきましょう。
歯科の定期検診は、それとは別の角度から体を守る手段です。一般的には3〜6か月に1回が受診の目安とされ、歯周病の進み具合や歯石のつき方に合わせて間隔を調整していきます。
大腸の健康も意識した
口のケアと受診の目安

毎日のケアで見直したいポイント
歯ブラシだけで落とせる歯垢は全体の6割程度とされ、歯間ブラシやデンタルフロスを併用すると8割以上まで高まるといわれています。口の中の菌の量を減らすうえで、次の3点を見直してみてください。
- 歯ブラシに加えて、歯間ブラシやフロスで歯と歯の間の汚れを落とす
- 寝る前の歯磨きを丁寧に行い、就寝中の菌の増殖を抑える
- 喫煙している方は、歯周病と大腸がんの両方のリスクを下げる意味で禁煙を検討する
歯科を受診したほうがよいサイン
歯磨きのたびに出血する。朝起きたときに口の中がねばつく。歯茎が下がって歯が長く見えるようになった。こうした変化は、歯周病が進んでいるサインかもしれません。
厚生労働省の資料によると、4mm以上の歯周ポケットを持つ方は45歳以上で過半数を占めるとされています。大腸がん検診の対象となる40代以降は、歯周病が進みやすい年代とも重なります。
当院では歯科用CTやマイクロスコープを用いて、歯を支える骨の状態や歯石の取り残しを確認しながら歯周病治療を進めています。
痛みがなくても、1年以上歯科を受診していない方は、一度検診を受けておくと安心です。
よくある質問
Q. 歯周病を治療すれば大腸がんにならないのでしょうか?
現時点では、歯周病治療によって大腸がんを予防できると証明されたわけではありません。
歯周病治療で便中のフソバクテリウムが減ったという研究はありますが、それががんの発生を減らすかどうかは確認されていない段階です。大腸がんの予防や早期発見には、食生活の見直しと、40歳以上の方の定期的な大腸がん検診が基本となります。
歯周病治療は、口と全身の健康を保つための取り組みの一つとお考えください。
Q. 大腸がんの治療中ですが、歯科を受診しても大丈夫ですか?
受診は可能ですが、事前に主治医へ相談していただくと安心です。
抗がん剤治療中は白血球が減って感染しやすくなったり、口内炎ができやすくなったりすることがあります。治療を始める前に口の中を整えておくと、治療中の口のトラブルを減らせる場合もあります。
受診の際は、がん治療の内容や服用中のお薬を歯科医師にお伝えください。
Q. 家族に大腸がんの人がいます。歯科で何か検査はできますか?
歯科で大腸がんそのものを調べることはできません。
歯科でできるのは、歯周ポケットの深さや出血の有無、歯を支える骨の状態を調べ、歯周病の程度を確認することです。唾液の細菌を調べる検査を行う医療機関もありますが、大腸がんのリスク判定として確立したものではありません。
ご家族に大腸がんの方がいる場合は、消化器内科で相談し、必要な検査を受けてください。
Q. 歯周病かどうかは自分で判断できますか?
出血や腫れ、口臭などの手がかりはあるものの、自己判断は難しいのが実情です。歯周病は初期にはほとんど痛みがなく、気づいたときには歯を支える骨が溶け始めていることも珍しくありません。
歯科医院では専用の器具で歯周ポケットの深さを1本ずつ測り、必要に応じてレントゲンで骨の状態を確認します。気になる症状がなくても、年に1〜2回は検診を受けておくと安心です。