「心臓の弁に病気があるので、歯医者では気をつけるように言われた」という相談を受けることがあります。歯周病菌を含む口の菌は、血液に入って心臓の弁に付着し、感染性心内膜炎という重い病気を起こすことがあるためです。
本記事では、歯周病と感染性心内膜炎の関係、弁膜症などで注意が必要な方の特徴、歯科治療で気をつけたい場面について、補綴やインプラントの外科処置に携わってきた立場から解説いたします。
感染性心内膜炎とは?
口の菌が心臓の弁に
届く病気

感染性心内膜炎は、血液に入った細菌が心臓の内側、特に弁に付着して増え、炎症を起こす病気です。発症する人は多くないものの、長期間の入院や心臓の手術が必要になることもあり、早期の発見と治療が欠かせません。
治療では、数週間にわたって点滴で抗菌薬を投与することが多く、弁の傷みが大きい場合には、手術で弁を修復したり人工の弁に交換したりすることもあります。
心臓の弁に菌のかたまりができる仕組み
心臓には、血液が逆流しないように開閉する4つの弁があります。弁の表面に傷や変形があると、血液中の細菌がそこに付着しやすくなります。
付着した細菌は、血液の成分と一緒に「疣腫(ゆうしゅ)」と呼ばれるかたまりをつくり、少しずつ大きくなっていくのが特徴です。
疣腫が弁を壊すと、弁がきちんと閉じなくなり、血液が逆流してしまう。これが弁閉鎖不全と呼ばれる状態です。
かたまりの一部がはがれて血流に乗り、脳の血管に詰まって脳梗塞を起こすこともある病気です。
弁膜症は「なりやすさ」にも「結果」にもなる
「歯周病が心臓の弁膜症を起こす」と説明されることがありますが、正確には少し異なります。もともと弁膜症(弁の働きが悪くなる病気)がある方は、弁の表面が傷みやすく菌が付着しやすいため、感染性心内膜炎を起こしやすい状態です。
そして感染性心内膜炎を起こすと、弁が壊されて逆流が生じ、弁膜症が新たに起こったり悪化したりします。
弁膜症は感染性心内膜炎の「なりやすさ」にも「結果」にもなり得る病気、というのが正確な理解です。人工弁の手術を受けた方や、過去に感染性心内膜炎にかかったことがある方は、特にリスクが高いとされています。
弁膜症は加齢とともに増える病気でもあり、高齢になってから健康診断で心雑音を指摘される方もいらっしゃいます。
歯周病が
感染性心内膜炎の
リスクになる理由

歯周病が感染性心内膜炎のリスクになるのは、炎症を起こした歯茎が「口の菌が血液に入り込む入り口」になるためです。感染性心内膜炎の原因菌としては、口の中に多くいるレンサ球菌が代表的な存在の一つとされています。
歯磨きや食事でも菌は血液に入る
口の菌が血液に入った状態が、菌血症(きんけつしょう)です。抜歯のような処置だけでなく、歯磨きや硬いものを噛むといった日常の動作でも、一時的な菌血症は起こっています。
健康な人であれば、血液に入った菌は免疫の働きで短時間のうちに処理されます。問題になるのは、弁に傷があるなど、菌が定着しやすい条件がそろっている場合です。
つまり、口の菌が血液に入ること自体は、誰の体でも毎日のように起こっている現象です。特別な処置の日だけでなく、日々の口の状態がリスクに関わる。この点は、感染性心内膜炎を考えるうえで見落とされやすい部分でしょう。
歯周病が進むほど血液に入る菌が増える
歯周病で炎症を起こした歯周ポケットの内側は、細かな傷が多く、出血しやすい状態にあります。ポケットが深くなるほど菌の数も増え、毎日の歯磨きのたびに多くの菌が血液に入りやすくなるわけです。
厚生労働省の資料によると、4mm以上の歯周ポケットを持つ方は45歳以上で過半数を占めます。心臓の病気が増える年代と、歯周病が進みやすい年代は重なっているのが現状です。
日本歯周病学会がまとめた歯周病と全身の健康に関する資料でも、心臓や血管の病気との関連が取り上げられています。
歯周病の治療で炎症が落ち着けば、歯茎からの出血は減り、日常的に血液へ入る菌の量も少なくなると考えられています。心臓に持病がある方にとって、歯周病の治療は口の中だけの問題ではありません。
心臓に持病がある方が
注意したい
3つの場面

抜歯やインプラントなど出血を伴う処置
抜歯やインプラント手術、歯茎を切開する処置など、出血を伴う治療では多くの菌が血液に入ります。人工弁の方や感染性心内膜炎にかかったことがある方など、リスクが高い方には、処置の前に抗菌薬を服用していただく予防策がとられます。
一般的には、処置の1時間ほど前に抗菌薬を1回服用する方法が用いられます。どの方に予防投与が必要かは心臓の状態によって判断が異なるため、循環器の主治医と歯科医師の連携が欠かせません。
予防投与の対象かどうか分からない場合は、受診前に主治医へ確認しておくと、当日の治療がスムーズに進みます。
私は口腔インプラント学会の専修医としてインプラント治療に携わってきました。心臓に持病をお持ちの方の場合は、手術前に主治医へ情報提供をお願いし、全身状態を確認したうえで治療計画を立てています。
歯石除去や歯周病の治療
見落とされやすいのが、歯石取りや歯周病の治療です。歯周ポケットの奥の歯石を取る処置では歯茎から出血することが多く、抜歯と同じように菌が血液に入る可能性があります。
「クリーニングだから大丈夫だろう」とは考えないでください。心臓に持病がある方は、治療内容にかかわらず事前にお伝えいただくようお願いしています。
歯周病が進んでいるほど、歯石除去の際の出血量も多くなりがちです。重度の歯周病がある方の場合は、一度に全体を処置するのではなく、数回に分けて少しずつ進めるなど、体への負担を考えた計画を立てることもあります。
処置のあとに続く発熱
感染性心内膜炎は、歯科治療の直後ではなく、しばらく時間がたってから症状が出ることがあります。
代表的な症状は原因のはっきりしない発熱が続くこと、だるさ、食欲の低下などで、かぜと区別がつきにくい点が特徴です。
弁膜症や人工弁などのリスクがある方で、歯科治療のあとに理由の分からない発熱が続く場合は、早めに循環器の主治医を受診してください。その際、歯科治療を受けたことも併せて伝えると、診断の手がかりになります。
感染性心内膜炎を防ぐ
口のケアと
受診の目安

歯科受診時に伝えてほしいこと
心臓に持病がある方は、初めての受診時に次のような情報をお知らせください。
- 心臓の病気の名前(弁膜症、先天性心疾患など)と手術歴の有無
- 人工弁やペースメーカーの有無
- 服用中のお薬(特に血液をサラサラにするお薬)
- 過去に歯科で抗菌薬の予防投与を受けた経験
お薬手帳や、循環器で受け取っている説明書があれば、受診時にお持ちいただくと確認がスムーズです。当院では、必要に応じて主治医の先生と連絡を取り合いながら治療を進めています。
日頃から口の菌を減らしておく
抗菌薬の予防投与は、あくまで処置当日の対策です。日常の歯磨きや食事で起こる菌血症までは防げません。循環器の分野でも、感染性心内膜炎の予防には、日頃から口の中を清潔に保つことが重視されるようになってきました。
歯ブラシに加えて歯間ブラシやフロスを使い、歯周ポケットの入り口に汚れをためないことが基本になります。入れ歯をお使いの方は、入れ歯そのものにも菌が付着するため、毎日の洗浄が欠かせません。
補綴(入れ歯や被せ物)を専門的に学んできた立場から、入れ歯の手入れ方法も受診時に具体的にお伝えしています。
心臓に持病がある方は、3〜4か月に1回を目安に歯科で検診とクリーニングを受け、歯周病を悪化させないようにしておくと安心です。痛みや腫れが出てから受診すると、抜歯など出血を伴う処置が必要になる可能性も高まります。
当院が症状のない時期からの通院をおすすめしているのは、それが結果的に心臓への負担を減らすことにつながるためです。
よくある質問
Q. 心臓の弁膜症があります。歯医者に行くのは避けたほうがいいですか?
避ける必要はなく、むしろ定期的な受診をおすすめします。歯周病や虫歯を放置すると、日常的に口の菌が血液に入りやすい状態が続いてしまいます。
受診の際は、弁膜症があることや手術歴、服用中のお薬を最初にお伝えください。処置の内容に応じて主治医と相談し、安全に配慮した治療計画を立てていきます。
定期的に通っていただくことで、出血を伴う処置が必要になる前に対応しやすくなります。
Q. 抗菌薬を飲めば、歯科治療で感染性心内膜炎になる心配はありませんか?
抗菌薬の予防投与はリスクを下げるための対策であり、発症をゼロにできるわけではありません。また、予防投与が必要かどうかは心臓の状態によって異なり、すべての方に行うものでもありません。
自己判断で抗菌薬を飲んだりやめたりせず、主治医と歯科医師の指示に従ってください。日頃の口のケアと組み合わせることで、より確かな予防につながります。
Q. 歯磨きで出血しますが、心臓に悪いのでしょうか?
歯磨きでの出血は、歯茎に炎症があるサインです。健康な方であれば、歯磨きで血液に入った菌は短時間で処理されるため、過度な心配はいりません。
ただし、心臓に持病がある方は、出血が続く状態をそのままにしないでください。出血を怖がって歯磨きを控えるとかえって炎症が悪化するため、やわらかめの歯ブラシで丁寧に磨きながら、早めに歯科で原因を確認することをおすすめします。
Q. 感染性心内膜炎になりやすいのはどんな人ですか?
特にリスクが高いとされるのは、人工弁の手術を受けた方、過去に感染性心内膜炎にかかったことがある方、一部の先天性心疾患をお持ちの方などです。弁膜症や肥大型心筋症の一部の方も、注意が必要とされています。
どの程度のリスクにあたるかは、心臓の状態によって一人ひとり異なります。歯科治療の前に、循環器の主治医に確認しておくと安心です。